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2019年1月26日土曜日

小さな巨人 超絶ギタリストの藤岡幹大さん

ちょうど昨年の1月5日に、この世を去ったとんでもないギタリストがいた事。一年後の今になってその喪失感に暮れている自分がいます。

それが藤岡幹大さん



YouTubeで色んな動画を見ればみるほど、その凄さに空いた口が塞がらないのです。
まずはこの曲を聴いてみてください。
 
Harmony X


ギターの音色で涙が出たのは初めての経験でした。
 
でもテクニック的な凄さだけじゃなくて、そのなんとも言えない人柄も相まって…
当然僕は一度もお会いした事もないのですし、何の接点も無いのですが、心にぽっかり穴が空いたようです…

身内以外の死でこんな気持ちになるのは上田現さん以来です。

自分が藤岡幹大さんを知ったのは、恥ずかしながら他界した後で、世の中的に大きく知名度が上がったBABYMETALの神バンドでギタリスト“小神様”としての活動中の時でした。
 


同じく神バンドでベーシストのBOHさんのブログがとても刺さったので、原文をそのまま掲載させてください。
 

『BOHにゃんまた来年』
 
生前の藤岡先生が僕に交わした最後の言葉だ。
 
2017年12月30日、僕は実家がある北海道旭川市に帰省していた。
その日の夜、藤岡先生の奥さんから電話があった。
 
『幹大くんが高い所から落ちちゃって入院しました。意識はあります』
 
藤岡先生は音楽以外にも天気図とか、宇宙が大好きだ。
 
Twitterに写真をアップする以外にも、時々僕らに夜空や月の写真、
高層天気図から独自に解析した天気予報を送ってくれていた。
 
『BOHにゃん、今ここに気圧の谷があんねん』
 
『わかんねーよ(笑)』
 
そんな会話は日常茶飯事だった。
 
でも藤岡先生の天気予報は的中率が高い。
 
また僕へ夜空の写真と共に『今日の夜空。そして明日の天気は...』みたいに送ろうとしていたのだろう。
 
東京へ戻ったら見舞いに行かんとな...
 
2018年1月2日に東京へ戻った。
 
 
すぐに藤岡先生に会いに行こうと思ったが、ご家族以外の面会は出来ない様子。
 
仮BANDのアルバム制作をはじめ、その他のスケジュールもいっぱい詰まっているであろう。各所への連絡を含め、今後の予定を知るために藤岡先生のスケジュール帳を入手する必要がある。
 
 
1月5日
 
『容態が急変してたった今、幹大くんが亡くなりました』
 
奥さんからの電話に僕は動揺を隠せなかった。
 
悪い冗談だと思いたい。これは夢だと思いたい。テッテレー♪って看板を出して欲しい。
 
 
1月6日
 
近しい関係者を集めて緊急会議
その後、藤岡先生に会いに行った。
 
奥さん、娘さん、ご両親に囲まれて笑顔で眠っていた...
 
こんなに冷たい藤岡先生に触るのは初めてだった。
 
 
1月7日
 
お別れの準備をしなくてはならない。
 
 
1月8日、1月9日
 
お通夜 告別式
 
 
僕が初めて藤岡先生に会ったのは約4年前。
 
スタジオの中で譜面を見ながら難しい曲を弾いてた。
その時はこんなに親しくなるとは思っていなかった。
 
身長158cm、長い髪、可愛い見た目...でも声はおっさんだ。
 
 
藤岡先生はタバコが大好き。
 
少しでも時間が空けば、喫煙所へ行く。
自分のタバコが無くなると僕のタバコを勝手に吸う。最後の1本にも手を付ける。
 
『BOHにゃん、あとで返すから』
 
返ってきた事は1度もない。
 
 
酒に弱いくせに酒が好き。
 
身体が小さいのに僕と同じペースでガンガン飲むから、すぐに酔っ払う。
泥酔寸前の藤岡先生を介抱するのがたまらなく面倒だった。
酔うと自分の髪をクシャクシャにしながら僕の頭を延々とペチペチ叩く。
一度7割位の力でどついて黙らせた事があった。
 
 
ギターと音楽が大好き。
 
セッションやサポートの仕事以外にも、長く音楽学校の講師や教本などの執筆もしていた。ギターさえ弾ければどんな仕事も平気で受ける。
 
『わては、仕事は選ばん。他人からどう見られようと、何言われようとギターさえ弾ければええねん』
 
リハの休憩中や本番前もギターを離さない。
食事しながら左手はネックを抑えていることもよくあった。
 
スケジュールが詰まりまくっているのに、雑誌の執筆の仕事も無理やりねじ込む。
頼まれたら断れないのが藤岡幹大。
ツアー中もしばしば原稿を書いていた。
 
でも少し疲れるとビール飲んじゃうから効率が悪い。
 

 
周りの仲間が大好き。
 
『BOHにゃん、一緒に飲みに行こうや!』
そしてなぜかいつも僕が多めに払う事になる。
 
『今度なんかおごるから』
おごってもらった事は1度もない。
 
同じ事をまわりに何度も話す。たいして面白くもない会話を掘り下げようとする。
常に人と話していたいヤツなのだ。
 
『BOHにゃんは毒にも薬にもならん話をよくするなー』
 
言われる筋合いはない。
 
一緒に飯を食べ、一緒に飲みに行き、一緒に買い物し、一緒にトイレ...ガキか(笑)

 
なるべく一人でいたくないのが藤岡幹大。
他人の悪口も絶対に言わない。好かれたがりな一面もちらほら。
 
ただ、ツアー中は誰よりも大きく荷物を広げて散らかすし、物をよく無くすから周囲に迷惑をかける。
どこに置いたかわからなくなった携帯電話やライターを見つけてやるのが僕らの仕事。
 
 
家族が大好き。
 
お父さんとよく釣りに行った事。
お母さんが実家の八百屋で元気に働いている事。
むかし妹が超ヤンキーだった事などを度々話してくれた。
 
藤岡先生から子供時代の話で一番よく聞いたのは
 
『わてな、海行って勝手に牡蠣を取ってその場で腹一杯食べるのが好きやってん』
 
小さな密猟者である。
 
藤岡先生は賑やかな事も大好きで、それを表すかのようにご両親や叔父さんがとにかく明るく、喋りだしたら止まらない。葬儀中も皆んなを爆笑させていた。
 
 
そして何よりも奥さんと娘さんの事が大好き。
 
Twitterにもよく娘さんの写真をアップしていたが、それ以上に僕らに写真をたくさん見せてくれた。
 
LINEのグループで大切な事を話し会っている最中でも、娘さんや奥さんの写真を次々にアップしてくるから、文が読みづらくてたまらない。
 
藤岡先生と会うと1日に2〜3回は必ず
 
『うちの嫁がなー...』
 
『うちの娘がなー...』
 
という会話になる。
 
『先生、もし将来娘さんがミュージシャンの彼氏連れてきたらどうする?』と聞くと
 
『一緒にスタジオに入ってギターバトルや!ほんで譜面の初見対決して勝ったら認める』
 
という事を本気で話していた。勝てるわけがない。
 

藤岡先生とはたくさんの思い出がある。
 
短い間だったけど、それを埋め尽くすくらい濃密な時間を過ごせた。
 
 
僕が藤岡幹大の事を『先生』と呼んでいるのは、単にギターの講師をしていたからではなく、歩く音楽理論書と言っても過言ではないくらいの音楽知識を持っていたからだ。
 
それに、少し迷惑をかけられても『藤岡先生さー...』と切り出せばその後に続く会話は和やかになる。

 
人は時々考える『死』とは何か...
 
僕が思う本当の死は、皆んなに存在を忘れ去られた時だと思う。
 
僕は藤岡先生を死なせたくない。
 
この先も永遠に生き続けて欲しい。
 
いや、生きていてもらわなきゃダメだ!
 
藤岡先生の声、ギターの音色、たくさんの思い出は、僕ら皆んなの心の中に鮮明に記憶されている。
 
それを、これからもっともっと広めて行きたいのだ。
 
つい2週間前くらいに藤岡先生が僕に話した今後やりたがっていた事や、叶えたい目標、音楽への思い...それをしっかりと叶えなければならない。
 
僕ら仲間は藤岡先生の思いを背負ってこれからも音楽をやって行く。
 
これからも一緒にプレイし続ける。
 
 
でも藤岡先生、今は少しだけ休憩してて良いからね。

 
ありがとう。藤岡先生。
 
また一緒に飲もうな(B・o・H)
 
 
遡ると、ベビーメタル以前からすでに音楽学校の講師として、サポートミュージシャンとして、超絶技巧を誇っていた事が分かりました。そういった経験からか、音楽機材の紹介の動画とかも分かり易くて秀逸。アーティスト的な感覚論じゃない感じ。

 Zen Tour
https://www.youtube.com/watch?v=WemFO_W-rvc
https://www.youtube.com/watch?v=bujUTanlMQw
https://www.youtube.com/watch?v=t-1LYYVlmyM

Kemper


このアンプシミレーターはまじでいつか欲しい!!
絶対欲しい…ちなみに名音楽プロデューサー佐久間さんのお墨付き。
 
同じく技巧派ギタリストのHidenoriさんのネット動画生放送でも登場しているのですが、とてもおもしろい話を沢山しています。そして話ながらサラッと弾くギターがまじで上手い…

第1回
https://www.youtube.com/watch?v=1MuTbd3lTpI
https://www.youtube.com/watch?v=nH2Z1zJGh2I
https://www.youtube.com/watch?v=rlPnDY8BQQs
第2回
https://www.youtube.com/watch?v=d_vAfIkF9ks
https://www.youtube.com/watch?v=bC_TsUkCMYA
https://www.youtube.com/watch?v=iyOR8xJGptc
第3回
https://www.youtube.com/watch?v=26v-Bm3yyZk
第4回
https://www.youtube.com/watch?v=tLONtZr9jkI
第5回
https://www.youtube.com/watch?v=68jULghP-1o
第6回
https://www.youtube.com/watch?v=Su173z4qAGc
第7回
https://www.youtube.com/watch?v=OTXlGy68VHw
第8回
https://www.youtube.com/watch?v=m52Jx8Bo1qk

ヒデノリ氏ですら「上手すぎて一緒に弾きたくない」と苦笑いするのもうなずけます。
藤岡氏が亡くなった後の放送では本当に辛い気持ちが伝わってきます…


神様は、時にイタズラをすると言います。
有り余るギターの才能を妬んだのでしょうか。
良い人に限って早く死んでしまう。

不謹慎な言い方かもしれないけれど、こうゆう人って、「ずるいな。」と思います。

なぜならまわりの人から「まだまだ色んな音を聴かせて欲しい!」って求めてる期待を一身に受けたまま、パタリと居なくなっちゃうから、その後嫌いになる事なんてありえないんです。

残された人にとっては、ずっと一番のまま。
永遠にヒーロー。ずるいです。

「自分もそうなりたい」なんて到底思えないほどの圧倒的な魅力。それが劣化する事無いから、永遠にそのまま。

ただ、残されたご家族やご本人の気持ちを思うと、ただただ痛ましいです。

でも、もし出来る事ならその魅力を一人でも多くの人に伝えたい。そう思ってブログに残しました。

小さくて可愛らしい見た目なのに、タバコ吸ってて、ギターがえげつないほどに上手くて、音楽理論に精通してて、しまいには歌まで魅力的という衝撃。

そんな動画を見つけてしまいました。

この時はまさか自分が早くに亡くなるなんて思ってもいないと思いますが、残された人がこの動画を見るのを知っているかのようです。

ばらの花 


思い出のアルバム


反則だな。
藤岡先生、やっぱり「ずるい。」

もう一度ちゃんとギターの練習をしようと思いました。素晴らしい才能を見せてくれてありがとうございました。

追記:こちらのDVD作品を購入すると、その利益が遺されたご家族に寄付されます。僕もたった今買いました。届くのが楽しみです。
https://www.amazon.co.jp/My-Little-God-%E8%97%A4%E5%B2%A1%E5%B9%B9%E5%A4%A7-Mikio-Fujioka/dp/B07CMMY5Z9/ref=pd_lpo_sbs_15_t_0/356-0973266-4140656?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=47BQB9N8XFN29RWVKHHE

2018年11月19日月曜日

ACIDMANという信念

Amazonのプライムミュージックで、今まで気になってたバンドを一挙に聴き漁りだし、さっそく刺さったのがこちら。




高校を卒業して浪人している時、町田の代々木ゼミナールに通っていました。
そこでスキンヘッドに黒くて丸いサングラスというちょっと異端な英語講師がこんな事を言ったのを強烈に覚えています。

俺、日本のバンドは聴かないけど、最近のあのバンドはカッコいいよな、ACIDMAN!(※←ココをめちゃめちゃ発音良く放った。笑)」


歳を経て思ったけど、エモい。とにかくエモい。
エモいという言葉は簡単に使いたくないけど、大人になるにつれて、音楽にエモさを求めているのです

あの時の代ゼミの先生もきっとそんな気持ちだったんじゃないでしょうか。笑


フロントマンの大木氏がインタビューで興味深い話をいくつか話していました。
(土岐麻子ぜったい惚れてると思う。笑)


抜粋すると、、、

「メジャーデビューの条件は“僕たちの音楽に一切口を出さないでください”」
→凄すぎる。笑
今の時代ではあり得ない話だろうな〜


「音楽を生業にしてから、他人の音楽をほとんど聴かない。」
→雑音を耳に入れたくないという強い意志でしょうな。音楽以外の所からインスピレーションを大切にしているのだと思います。自然とか宇宙とか。


「武道館は空気が違う。沢山のミュージシャン達の音の波動が木造建造物に影響を与えてるから。」
→そんな場所で奏でる音がコレですわ。



かっこよすぎる!!!

スリーピースバンドでこの鬼気迫る感じはなかなか出せないと思います。そして一人でも違うメンバーだったらこの一体感は出せないように感じます。

そんなACIDMAN も20周年。
すごいですな〜

今回中古でデビューからのCDを8枚ほどまとめ買いしたのですが、ほんといい意味で変わらないのです。
それもそのはず。作曲、編曲「ACIDMAN」のクレジットを貫いているから。

普通、セールスが振るわなくなると、アルバム毎にプロデューサーやアレンジャーを変えて試行錯誤するものだけど、彼らはそれをしない条件でデビューしてるから。笑

あっぱれです。
どこまでも貫いて欲しいと切に願います!

ちなみにその昔一番最初にACIDMANを知った曲がこちらの赤橙。


フジファブリックとはまた違うんだけど、秋になると聴きたくなるんですよね~


それが時を経て円熟の渋みを増してこーなるからこれまた感服。

2018年10月11日木曜日

フジファブリックを聴くとやっぱり切ない

今日はすこし寂しい気持ちです。
先に書いておきます。笑


夏が終わり、秋の気配が漂う夕暮れ。
無性に聴きたくなる曲があります。


…この時期の情景を表現するパーフェクトな曲だと思います。この曲に何も足したくないし、何も引きたくない。

と、いきなり曲から紹介しましたが、とても好きな邦楽バンドなんです、フジファブリック



と、今は亡きボーカル志村氏のいた頃の写真を使いました…

誤解を恐れずに言うと、残されたメンバーの3人体制でのフジファブリックに何の恨みもつらみもありません。むしろ感嘆の念があります。

ですが、僕にとってやはりどーしても「フジファブリック=志村正彦」なのです。

29歳のクリスマスにこの世を去ったミュージシャン。
死因や真相は諸説ありますが、僕は単純にこう思います。

「音楽人生を全うした」のだと。


ミュージシャンを夢見て山梨県から上京した一人の若者が、夢を叶えるまでのストーリーが、志村氏の人生そのものだったように思います。

そしてひとつの夢を叶えた瞬間。

それにも関わらず、なぜこんなにも切なく、悲しい涙を流すものなのか?
そんな事を思わせるライブ映像があります。

きっと色々な事があったんだと思います。

そしてここに至るまで、沢山の名曲を世に残してきました。個人的にですが、その多くはメジャーデビューアルバム「フジファブリック」とその次のアルバム「FABFOX」に収録されています。とんでもないことに、この二枚の世界観と完成度で、ほぼゴールを迎えていたようにも思うのです。

その後のアルバムがどうこうではなく、最初から完成されてしまったんだと思います。

でも、志村氏はそのままこの世からいなくなってしまいました。彼がリスナーにかけた魔法はきっと未だに解けないままです。

多くのバンドにとって、よほどヒット曲を出し続けて第一線で活躍しない限り、何十年後かには「あー昔そんなバンドあったねー」なんて話になるのが関の山でしょう。

ですが、フジファブリック、いや、志村氏はそうなる前に、スッと姿を消しました。全うしたとしか思えません。

彼がこの世を去ってもうすぐ10年が経とうとしていますが、毎年僕はこの季節になると「赤黄色の金木犀」が聴きたくなります。

故郷から離れる電車の中で、「夜汽車」を聴いて泣く人もいるかもしれません。

「茜色の夕日」を聴いて、もう会えない人、消せない後悔が蘇り、泣く人もいるかもしれません。

でも、最後にはなぜか、バンドっていいな。
音楽っていいな。

と、そう思うのです。
もっと聴きたかった…なんて言いません。
これだけたくさんの名曲を残し、自分でハードル上げまくってなお、こんな曲で最後に超えてきました。




これだけの曲たちを聴かせてくれて、ありがとうございました。
残念ながら日本のいわゆるメジャー音楽シーンは終わりました。もう、こうゆうバンドは出てこないと思う。




もし、あの世でもバンドやってるとしたら、今度はあまり思い詰めないで気楽に楽しいバンド生活を送ってください。

でも、きっとそんなバンドなら辞めちゃって、新しいメンバー見つけて、活動していくんでしょうね。


たとえオリジナルメンバーが自分一人だけになっても。

2018年7月26日木曜日

人間椅子の歪みは苦節の音

遡る事5年前…
レピッシュやブームなど、いわゆるバンドブームの頃の邦楽が好きな僕はYouTubeでイカ天かなんかの映像を見て衝撃を受けた。曲はたしか「針の山」だったと思う。

それが、人間椅子だ。



歌も世界観も、何よりギターに衝撃を受けた。
日本のメジャーシーンでこういったギターを弾くギタリストがいた事の衝撃たるや…


「すごいギタリスト」というと、たくさんのタイプがあると思う。


メタル的超絶速弾き系、スタジオミュージシャン的万能系、正統派ジャズクラシック系、音響ノイズ系、スタイル確立型ソロミュージシャン系、、、


すごさにもたくさんの種類があると思うが、和嶋慎治氏のギターはとにかく70年代ハードロック、プログレ、ブルースロックへの傾倒というか、愛というか、いわゆる没頭がそのまま音になっている。


デビューの時の印象からか見た目が先行して注目されがちな人間椅子だが、僕は高校生の頃初めて洋楽に傾倒したバンドがツェッペリンだったこともあり、ものすごいバンドを見つけたという喜びが湧いた。なによりライブが観たかったのですぐにDVDを購入した。

と、この時点で僕の中の好きなバンドリストに人間椅子が刻まれたのだった。


…そして5年の時を経て、今僕はこのバンドの事をもっともっと多くの人に知ってもらいたい気持ちが止まらない。先述の通り、きっかけはこの本だった。




結論から言うと、色々な意味で衝撃を受けた。


まず文章がとても知的であり、語彙が豊富で自伝というにはあまりにも洗練されていて、食い入るように読んでしまった。およそギタリストが書くレベルの文章ではない。笑
それは、和嶋氏が大の読書好きで、今までに読破してきた膨大な量がそうさせたんだと思う。


そして何よりその内容。
赤裸々というのはまさにこの事で、バンド生活の苦悩と喜びをありありと書き記していた。


内容はぜひ読んで頂きたいのだが、ここで人間椅子、和嶋氏のキャリア年表と、その時僕ら世代がその時を何をしていていたかを照らし合わせてみたい。そうする事で何がすごいかお分かり頂けると思う。




1987年(22歳) 大学3年で結成。
1988年(23歳) 就活を辞めバンドに専念する。
1989年(24歳) イカ天出演。
1990年(25歳) メジャーデビュー。
1993年(28歳) 4枚目のアルバムを出し、メジャー契約終了。


~ここからアルバイトをしながらのバンド生活が始まる~


1995年(30歳) インディーズからアルバムリリース。
1998年(33歳) 和嶋氏、父親が亡くなり青森へ。その後結婚して千葉へ。
2001年(36歳) 和嶋氏、離婚し原点回帰の為高円寺へ戻る。
2006年(41歳) 和嶋氏、貧困のどん底になり、酒を飲んでは酔って外で寝る日々。
2007年(42歳) 和嶋氏、哲学書を読みふけるうちに「美しく生きたい」と決意。
2009年(44歳) 和嶋氏、音楽一本で食べるためにアルバイトを辞める。家賃2万5千円のアパートへ。
2011年(46歳) 和嶋氏、木造アパートの薄い壁でギターを弾くことができず、公園で練習する日々。
2012年(47歳) 和嶋氏、ももクロからオファーを受け、ギターで参加。
2013年(48歳) 人間椅子、オズフェスに出演。
2015年(50歳) 人間椅子、オズフェスに連続出演。日本人バンド初の快挙。
2016年(51歳) 鈴木氏も23年間続けたアルバイトを辞める。
2017年(52歳) バンド生活25周年を迎え、CDセールス最高記録更新。絶頂期を迎える。




ここに至るまでの筆舌に尽くしがたい苦労をこんな簡単に書いてしまうのはご本人には本当に申し訳なく感じるのだが、これを読んでいる皆様へ分かり易くお伝えするため、お許しいただきたい。


僕らが6歳の頃メジャーデビューし、僕らが小学校を卒業する頃からインディーズでバイトしながらのバンド生活が始まり、僕らが高校を卒業する頃に単身でボロアパートに住み、僕らが社会人となる頃に貧困のどん底で生き方を決意し、だんだんと光明がさしてきて、僕らが30歳を迎えた頃に、ついに大型フェスに出演。そして一番CDが売れたのが、つい昨年の出来事である。


「ハードロックが好きだから。バンドが好きだから。表現したい音楽があるから。」


それだけの理由である。
感嘆しかない。


これ以上は何を言っても陳腐になるので、もうやめておこう。
これを機に、人間椅子というバンドに興味を持つ人が増えれば幸いです。


最後に、この紆余曲折を知った上で、オズフェス初出演を観ると、まじで感慨深いです。
人間椅子「相剋の家~死神の饗宴」 Ozzfest Japan 2013


ちなみ僕は最近リリースした「なまはげ」がお気に入りです。もちろん初期の頃も好きです。


これを機に、わたくしマサオニオンは檀家である事を公言します。※人間椅子ファンのこと
ご清聴ありがとうございました。

2017年5月9日火曜日

「ワダツミの木」の作者である奇才・上田現さん

今は亡き、僕がこの世で一番好きなミュージシャン上田現さんが発表した一番有名な曲。

それが「ワダツミの木」です。
※YouTubeで原曲見当たらず…ぜひ原曲を聴いてください。

歌ったのは元ちとせさん。おそらく一度は耳にした事があるでしょう。

でもこの曲は、ある意味で剥製です。
きっとこれからも、そのまま変わらずに受け継がれていくでしょう。

僕はこの曲に、梅雨の景色を感じます。水に濡れた新緑の緑を感じます。おそらく、これからの時期にぴったりの曲です。

僕はこの曲を、大学四年間の集大成として、卒論のテーマにしました。

そして今回は、この曲の“生きたままの状態”を、皆さんに聴いてもらいたいのです。

それがコチラ
作曲者である上田現本人が、おそらくライブで生前最後に歌ったものです。

彼を囲む演奏メンバーは、彼のソロ活動を支えたELEのメンバーで、録音された元ちとせのワダツミの木も、彼らの演奏です。実は上田現さんはこの時闘病中で、すでに死期を悟っていたそうですが、ギターの奥村大さん曰く、“歌も演奏も生き物みたいだった”と言っていたのが印象的です。

そして彼の死後、彼がミュージシャンとしてデビューしたバンド、レピッシュのメンバーがカバーしています。おそらくこのバージョンを耳にした人は、そう多くないかもしれません。ベースのTatsuさんの、“現ちゃん、レピッシュでワダツミやるとしたら、こんな感じだよね?”というコメントが、ファンを泣かせます。


僕は今、ひとつの事を感じています。
音楽とは、音符とやリズムを超えて何かを表現する事ができる時があると。


上田現さんは、奄美大島出身の元ちとせさんにこの楽曲を提供した時、彼女の事を“ユタ”と称しました。つまり、本人の表現ではなく、ただただメッセージを代弁する者を示します。

「ワダツミの木」のレコーディングの際、元ちとせさんに、一枚の絵を書いて伝えたそうです。

おそらく今の若い子はこの曲の存在を知らないかもしれません。この記事をきっかけに、少しでも多くに人が聴くきっかけになれば幸いです。

ご静聴、ありがとうございました。

2017年4月12日水曜日

GRAPEVINEが今一番好き

知ってはいたけど、ここにきてツボってしまいました。
それがこちら、グレイプバインです。




なんと今年で20周年。すごいですね~自分が中学校の頃からバンドやってると思うと本当すごい。
当時デビューしたバンドで何組残っているんでしょうか?ってレベルだと思います。

しかも、なんとも言えず艶っぽくなんているんです。
たとえば、代表曲の「光について」

初期の頃がこちら
NHKのポップジャムです。オケはおもいきり当てぶりって感じですが…泣←本人達もさぞ、悔しかったのではないでしょうか。。でも当時数あるバンドの中でも、異彩を放っていましたよね。

そして最近のがこちら
す、素晴らしい…!!!まさにベテランバンド。泣
そのまま一発撮りでレコーディングできそうな演奏のクオリティー。こうやって聞くと、ついに楽曲がバンドのキャリアに追いついてきたって感じでしょうか 。


このバンドの魅力にまず挙げられるのが、ギターボーカル田中氏が描く世界観。…っていうのはよく言われているので、あえて僕が挙げたいのはドラマーの亀井氏が作曲するところ
しかもすごい名曲揃い!
そして同時に、canopusドラム の良さをとってもよく表現してるドラマーだと思います。


そんな亀井氏が作曲し、世に送り出した一曲に、心打たれてしまいました。
風待ちPV

PVは本当に意味不明。笑
原曲もいいですが、最近のライブもいいです。
風待ちLive


いきなり私事ですが、ここ最近のブログで今までの事を振り返り、言葉ではうまく言えないけれど、なんかポッカリしてしまいました。そんなうまく言えないそんな気持ちをすべて汲んでくれたのが、この曲です。ほんと久しぶりに音楽聴いて、涙が出そうになりました。

理想の自分、過ぎて行った時間、どうにもならない日々、大切な人。
やりきれない思い、切なさや後悔、希望。

言えば言うほぼ陳腐になるけど、とにかく今の自分に一番しっくりきたのでした。




追伸
明日、入籍します。

2017年2月26日日曜日

La'cryma Christiは奇跡のバンド

街角でアンケートをとり、「ラクリマクリスティー」というバンド名を聞いて、ピンとくる人は今現在何人いるのだろうか?




だが僕は、すでに解散してしまったこのバンドを忘れることはできないし、日本音楽界に残る数少ない稀なバンドだと思っている。そしてこのようなバンド音楽が日本のメジャーシーンで流れることはもうないだろうと思う。


まずは彼らの名を世に知らしめた代表曲を2曲続けてどうぞ。
With You」「未来航路


なぜ髪が長いのか?なぜ揺れるのか?なぜもたれかかるのか?


そんな事を気にしているようでは、到底このバンドを深く理解することはできない。笑
そしておそらく世間の人がイメージする「ラクリマクリスティー」がこの2曲で終わってしまっているだろう。僕はそこを嘆いているのだ。そして今回、僕はその先へ皆様を案内したい。


このバンドを一言で表すならば、和製Led Zeppelinだと思う。


~以下、ウィキペディアより引用~
典型的なハードロックにとどまらない楽曲が非常に多い。アコースティックギター中心の曲も多く、トラッド、メローなバラード調をはじめ、民族音楽的要素、ファンク、サイケデリック等々、様々な音楽を取り入れ、自分達流に作曲・演奏し、1980年に解散するまで、その音楽的独自性を高めていった。


これこそがまさにラクリマの魅力ではないか。
当時、ビジュアル系と呼ばれるバンドが台頭していくなかで、ラクリマの曲は一線を画していた。


先に挙げた代表曲は、ある種売れる為の曲である。
だからこそ、ラクリマの本当の魅力はアルバムの中の曲にあるのだ。


それでは、彼らが到達した高みをぜひご覧いただきたい。


Magic Theatre
マジックシアターと題された曲、なんと同タイトルアルバムの一曲目である。シングルでもなんでもない曲に、テクニック満載でこの世界観。


そしてそれに続く2曲目がこれ。
イスラエル
タイトルからしてすごい。このアルバムを制作販売したレコード会社関係各位すべてに、深い敬意を表したい。


お気づきの方もいるかもれないが、彼らの凄さはこれをライブで再現できるところなのだ。
もしツェッペリンのメンバーがタイムスリップしてきてラクリマのライブを観たら、音楽辞めてしまうのではないかと思うほどである。笑


事実、ギターのHIROとKOJIは二人して間違いなくジミーペイジより上手い。笑
そしてこんなにもタイプの違うギタリストが二人いるからこそ、キーボード無しでこれだけの世界観をつくれるのだと思う。
ベースのSHUSEが弾くフレーズは、おおよそ凡人が思い浮かぶようなものではないし、トーキングモジュレーターをここまで効果的に使いこなすベーシストはそうそういない。
ドラムのLEVINはスティック回しで有名だが、小柄な体から想像もつかないプレイはまさにジョンボーナムで、あの樋口宗孝氏にも賞賛されるほどである。


そしてこのプレーヤー達に負けず、世界観をまとめあげるのがボーカルのTAKAである。


今の世の中、ボーカルのTakaと言えばワンオクだろう。笑
だが僕の中でTAKAと言えばラクリマなのだ。永遠に。
解散後の動向に関しては、ファンとしては複雑なものがあるので、触れないでおこう。。


紹介したい曲は他にも山ほどあるが、ここからはぜひアルバムを聴いてもらいたい。
そう、まるで宝探しのように名曲が眠っていることでしょう。


最後に彼らの初期の曲で、シングルのカップリングになった曲を一曲。
単なるビジュアル系ロックバンドではないことは、もうすでにこの頃から確立されていたのだ。
morning whisper


こんなにも宗教的な匂いのするバンドのロゴもLa'cryma Christiならではなのではないだろうか。


最後に…評論家気取りで「彼らの~」とか言った無礼をお許しください。もしご本人を目の前にしたらビビッて声掛けれられないと思う。笑
そのレベルで各メンバーを尊敬しております。





2016年3月23日水曜日

永積タカシの歌声はオルゴールみたいで反則


SUPER BUTTER DOG 「サヨナラCOLOR

 ハナレグミおあいこ


本当にいい声してますよな~


見た目とのギャップうんぬんとかそうゆうことじゃなくてね。
ハナレグミ


本当、歌うために生まれてきた人って感じがします。

歌うまい歌手は世の中にたくさんいるかもだけど、
何かこう心の琴線に響く声を持った人はごくわずかだし、
仮に日本中のどこかに何人かいたとしても、その人に合う曲が誕生するかは分からない。

とりあえず、先に挙げた2曲が今の自分の状況にハマりまくって、
響きまくって、夜な夜な台所の換気扇の下でビール呑んでタバコ吸って聴き入っているのです。


ハナレグミ「家族の風景


いつか僕に家族ができたら、キッチンにはアメスピとビールグラスだな。

そんな日来る気がしないけど。

2015年12月27日日曜日

AIRがそっと響いてきた

存在こそ知っていたものの、当時、中高生だった僕には響かなかった。なぜだかミクスチャーとかストリートっぽいものは毛嫌いしていたので。邦楽バントではSOPIHAが不動の一番でしたから(笑)

ところが15年以上の時を経て今グッときました。



バンドでもソロでもない。
AIRという音楽。

まだ深く聴いていませんが、この感じは久しぶりです。大学生でスピッツにハマった時を思い出す。

きっかけはバイト先で流れていたラストダンス
閉店の片付けをしていた時に流れ出した。“将来自分で飲食店をやりたいと思って週1で始めたバイトだけど、けっこう大変だな。。こんなんでできるのかな?”とか“そもそも料理できないし、どうしたらいいんだろうな。。”とか思いながらテーブル拭いてた時に流れたもんだから、タイミング的に反則ですわ~。響きますわ。。


帰宅後、即YouTube!「夏の色を探しに」も良かった。
この曲がこうなった事は意外と知られてないと思われる。

AIRを聴いて思った。
声は楽器であり、それこそが才能。

こういった系の声をバンドで一貫して成功したのがスピッツならば、個人のセンスで成功したのは小沢健二な気がします。

AIRはそのどちらでもない。でもミュージシャンに与えた影響はすごく大きいと思います。
そしてこの年になって久しぶりに琴線に響く音楽に出会えました。

とりあえず、2002年以降のアルバムを買って聴いてみようと思います。

2015年7月14日火曜日

toeはあくまでエモい

YouTubeで見つけて、久々にグッときた。




そこで思った。歳をとるにつれて「エモさ」を求めている事に。笑


オシャレでゆる〜い音楽とか、一曲通して最後まで聞けない。途中で飽きちゃう。

大学生の頃みんなこぞってJack Johnsonあたりを聞き出して、僕ももれなくハマったけど、もうあの頃には戻れない。


toeは(バイトでは無く、プロフェッショナルな)仕事をしながら、バンドをやっていているメンバーがいる。






若くして奥さんを亡くし、機材車ごと盗まれて、1000万近い録音機材や楽器をすべて失って、それでもまた演奏している。

でもそれがどうこうではなく、ただ音が響くのだ。

やっぱり音楽は、どこか説明のできない悲しみから生まれてくるものに惹かれるのです。


“うまく届かないんだ”

2015年3月1日日曜日

Red Hot Chili Peppersはやっぱりいい

なぜ今さら!?でも今なんです。
ついに本当に好きになりました。レッチリ



大学生の頃、バンド友達の共通言語が「レッチリ」でした。なので、コピーしたりして何曲か知ってはいました。が、そこまでのめり込む事は無かった。当時はスピッツが一番好きでしたので(笑)

何と言ってもこの“バンドっぽさ”がいいですわね〜。
初期の破天荒さもカッコいいけど、やっぱりCalifornication以降の時期が好きです。


確かに色々言いたくもなるが、レッチリはやっぱりリズム隊がどーだとか、ジョンのギターがどーだとか、アンソニーの◯◯がどーだとか、この際そんなこたぁどーでもいい!カッコいいんだから。

でも強いて言うなら、アメリカの“バカさ”と“憂い”みたいなのが、同居してるとこがいいんだと思います。しかもあくまでカラッとした感じの。

なんかオープンカーで夕方の海沿い走りながら「Otherside」とか聴きたい。きっと伊豆でもハマる。そしたらそこはもうL.A.(笑)


とりあえず、コピーしたCD-Rしか無いので、アルバムを揃えようと思います。
GO!Amazon!

2014年7月14日月曜日

トクマルシューゴを聴いて宅録をやめたくなった

最近は休みの日も引きこもって宅録をしているんですが。

何気無く宅録アーティストで検索している中でとんでもない才能をまのあたりにしました…

トクマルシューゴさんです。


日本よりも海外での評価が高いソロアーティストなのですが、曲の構成とメロディの良さ、ボーカルの雰囲気、一貫しているアコースティック感がツボでした。

正直、もう宅録辞めようかなって思うほどに才能を感じます…

でも同時に素晴らしい音楽に出会えた喜びも感じました。
アルバムごとに気になった曲をご紹介します…

「EXIT」
1.PARACHUTE
2.GREEN RAIN

「PORT ENTROPY」



 2.TRACKING ELEVATOR
 4.LAHAHA

「In Focus?」

2.KATACHI
7.POKER
 この世界観をライブでも表現しちゃうからこれまたすごい…。

気付いたらAmazonでCDまとめ買いしてました。尊敬の念を込めて中古ではなく新品購入。
まぁ正直喜びより挫折感の方が若干大きいですが、これが僕のような凡人にはない「音楽の才能」ということなんだと思います。

 

2014年3月9日日曜日

上田 現はもう逢えない人

3月9日
僕の一番好きなミュージシャン、上田現さんの命日でした。

大学生の頃、持て余す時間の中でTSUTAYAでCDを借りてはコピーする日々…それまでどーにも女性ボーカルは好きじゃなかったんだけど、元ちとせを借りて聞いた「ワダツミの木

ここから始まりました。
それ以来元ちとせのアルバムを借りてはグッとくる曲があり、クレジットをみると毎度、作詞作曲「上田現」の文字。

そこからソロ~レピッシュと聴き漁り、すっかりハマり、次の新譜を待ちわびていた中での訃報…信濃町で行われたファンの葬儀に参加したときは、人生で一番泣きました、他人なのに(笑)

一番好きな状態でいなくなってしまっては、その順位が変わる事はありません。

とにかく風景や匂いが見える曲をつくるミュージシャンで、それはそれはいろんな世界を演出してくれます。

きっとこれからも僕は上田現の曲を聴き続けるでしょう…

お祭り
~境内の前で祈り続ける人 笑ってる人 イロイロ 彼らも いまひとつわからないまま 集まって来ちゃったんだろうね~

「北京の蝶」
~北京の蝶々がはばたいて アマゾンに雨を降らすって話を 僕は本気で信じてるんだよ 歌えば少し何かがかわるだろうってね~

「ラルゴ」
~ラルゴ ラルゴ 僕の知らない ラルゴ ラルゴ風の歌を 10ルピー払って僕は風を待つ 騙してもいいぜ ずっと待ってる~

天才、鬼才だと思います。

2013年11月9日土曜日

宮沢和史みたいな大人になりたい

マヌ・カッチェの事を書いていたら堪らずMIYAの事を書きたくなりました。

THE BOOMのボーカリストというだけではまったくカテゴライズしきれないミュージシャンです。
ブームもソロ活動もGAMGA ZUMBAも大好きです。

「島唄」「風になりたい」は言わずもがな、その他にもたくさんの名曲を世に送り出しています。


…そしてリアルタイムでは活動休止の宣言をした事がここ最近の大事件です。

初めてちゃんと気にしたのは高校生の頃ラジオからふいに流れたブームの「星のラブレター」でした。

ちょうどその時の夏の夜にばっちしハマったのを覚えています。

書けば書くほど陳腐になってしまうのが悲しいのですが、こんなにも日本の情景を歌に出来るミュージシャンはそういないと思います。

スカビート、ロック、沖縄、ブラジルと色々な音楽を完全に昇華して自信の歌にするそのセンスはまさに類稀ない才能としか言えません。
きっと根底に揺るぎない「何か」があるんだと思います。

その「何か」を見つめ直す為に今回の活動休止があるんだと思われます。

「お前は何様だ??」って感じですが(笑)、僕はそう思っています。

なのでMIYAの新しい歌が生まれるのが楽しみです。

余談ですが、こんなにセクシーなロン毛が似合うのはMIYAかトヨエツかどちらかでしょう。


こうゆう大人になりたいです。
そして風になりたいです。



Manu Katcheのドラムはクセになる

アフリカ系の血をひくフランス人ドラマー「マヌ・カッチェ

まず帽子の被り方がカッコいい。
そしてハットを細かく刻むときの手の振りがカッコいい。


初めて彼のドラミングを聴いたのは、僕が尊敬して止まない宮沢和史のソロアルバムの「Sixteenth Moon」の一曲目「抜殻」でした。
このアルバムは全曲マヌ・カッチェが叩いており、これまた秀逸です。

とにかくリズムと取り方とそのグルーブに思わず「!?」となりました。

明らかに日本人ドラマーとは違うリズム感なんだけど、あくまでMIYAの歌を引き立てるそのドラミングに魅了されたのを覚えています。

それ以来ずっと気になっていたんだけど、先日遂にリーダーアルバムを購入しました。

YouTubeで見た「Keep On Trippin'」がきっかけです。久々に「カッコいい~!!」って感じでした。
正直ジャズというジャンル自体はあんまり分からないけれど、好きなドラマーの叩くジャズは理屈抜きにしびれますね。

同じく大好きなドラマーBrian Blade然り、作曲も出来るドラマーってなんか好きだなぁ。
叩いてる背景が見える感じがグッときます。
ジャンルは異なれど日本人だとGRAPEVINEの亀井亨さんなんかもそうですな。

まぁその辺はまた改めて。

能書きはこの辺にして、Manu Katcheのグルーブをぜひ濃厚な赤ワインと一緒に堪能してみてください。
絶妙なシンバルワークとハイピッチのスネア、ハットを細かく刻むときのキレが堪りません。

ヤン・ガルバレクのグループのマヌもこれまたまた良さそうです。
冬に聴きたくなりそうな予感。


2012年4月17日火曜日

グルーヴマスターの沼澤尚さん

先日、伊豆稲取の山奥で行われた音楽イベント「楽木祭2012」に行ってきました。
ツリーハウスの下でアコーステックな演奏が奏でられるイベントです。

フロントはダブルのギターボーカルで東田トモヒロ&Leyonaのお二人…


そしてそしてドラマーはなんとこの方…



日本が誇るGroove Masterこと沼澤尚さん!!
大学時代よりヒーロー的存在でしたが、最近改めてシアターブルックとか聴いてたもんだから、伊豆に来ると聞いて絶対行こうと思ったのです。

恐る恐るセッティングの様子からじっと見ていたら、な、なんと!!お話する事ができました…

「一年間でドラム叩かない日あるんですか??」なんて僕の質問に…

「無いね~(笑)あ、お正月は叩かなかったかも」と笑って答えてくれました。

…かっこ良いーー!!!

ハイハットは刻むのでなく、奏でる。
バスドラは踏むのではなく、踊る。
スネアは叩くのではなく、歌う。

ハットとバスドラだけで、グルーヴって出せるんですね~

あと、リムショットの時にスティックを逆さまにして叩くのが印象的。あとトレードマークのサングラス。かっこ良いのでマネます!
やっぱ、この世で一番かっこ良い職業はミュージシャンですな。そしてドラム。



残りの人生で会ってみたいヒーロー的ミュージシャンがまだ何人かいますが、まさか沼澤尚さんと伊豆でお会いできるとは…まだまだこれからや。

そんな事を思った春の日でした。

あと、稲取はとっても良い場所!