2021年10月16日土曜日

フリーランスで稼ぐ生活で感じた変化

またまた時間が空いてしまい、申し訳ないです!

相変わらず出前館と、新たにUberまで始めてすっかりフードデリバリー野郎になったマサオニオンです。笑

(デリバリーやってる人の間でこのYouTube動画がバズったら地味に嬉しい。笑)

なぜウーバーも始めたかというと、出前館が稼げなくなってしまったからです!


要因①緊急事態宣言の終了
9月30日をもって解除された事により皆さん今まで我慢していた外食をするようになったのか、ステイホーム需要だったフードデリバリーが明らかに減りました…。まぁそりゃそうですよね。

要因②ドライバーの増加
うちにはテレビが無いので知らないのですが全国的に出前館のCMがばんばん流れているようです。認知度上昇で個人委託のドライバーが増えて、更には法人で契約して会社から雇われて配達するドライバーも現れて日に日に街を走るドライバーの数は増える一方。早押しによる注文の取り合いが激化の一途を辿っており、夏に一日30件配ったのはもはや夢物語となってしまいました。

そんな感じで出前館で稼げなくなった分をなんとかUberで補填している状態ですが、正直これも色々な要因で状況が変わりそうなので、いつまで稼げるかはわからないところです。(まぁでも商売なんてそんなもんでしょう…)

それでも続けているのはもちろんお金を稼ぐ為と、相変わらずストレスフリーなこの勤務形態。そして配達中に見つける街の景色のおもしろさ。

「怖すぎるカカシ」
鳥じゃなくて人が寄り付かないわ。笑

「夕暮れの国道沿い」

店の灯りと夕焼けがなんか鮮やか!
色弱だからわかんないけどきっと色んな色がありそう。

「ザ・虹」

雨に日の配達はやだな〜…と配っていたら徐々に晴れ間がさして、見上げたらこの虹!
色弱だから3色しかわからないけど!笑


…とまぁ、すっかりフードデリバリーの毎日なんですが、この生活が身体に馴染みだすと同時にとある答えに辿り着きました。なぜ今の生活を続けていると言うと、、、、

「全てが自分ごとになった」

からだと思います。

今までは雇われて仕事した事しかありません。その中で前職のアパレルでは店長などもやって「どうして他のスタッフはお店の事を自分ごとで考えてくれないんだろうか…」などと思う事もあったりして、それなりに自分ごととして職務を全うしているつもりでした。

でも結局は何かあると、上司のせいや部下のせい、最終的に会社のせいにしてしまう。一番単純でわかりやすいには勤務時間に対する気持ちの変化です。

・決められた出勤時間に遅刻しないように起きる
・与えられた勤務時間と休憩時間を守ってこなす
・出勤と休日をシフトで管理される生活

今まで当たり前だったこれらが無くなった事による自由度の増し方ものすごいのです!

今までは昼になれば腹が減り「早く休憩したいな〜」と思い、終わりが近づけば「もう休憩終わりか〜」と思い、終業時間が近づけば「早く帰りたいな〜」と、結局やっぱり頭のどこかで思っていました。

でも今はとにかく一件でも多く配ればその分稼げるので、「休憩なんかしてる場合じゃない!」と言う気分になり、「今日はあと何件配れば予算達成できるから、夜遅いけどウーバーで稼働しよう!」などと自分を鼓舞して22時過ぎまで配達する事もしばしば。

もちろんそんな頑張る日ばかりではなく、なんとなーく一日中テンション上がらないから早く上がっちゃう日や、朝から雨が降ってたり前日に酒飲みすぎて二日酔いでだる〜い日は「今日はかったるいから休も〜っと」となり、また朝からビール飲んでYouTube見たり、動画編集したりしてる日も多々あります。

そして一日休むとたいてい連休にしたくなって二連休、三連休と休んでしまいます。笑

そうなると「いよいよ稼がないとヤバい!」となり、また働き出す。笑

この繰り返しです。

でも以前のように一か月どんな働きをしても決まった給料がもらえる安定感よりも、やったらやった分だけ稼げてサボったらサボった分稼げない今の方が、誰のせいにもできないので、大袈裟ですが生まれてはじめて「生活が自分ごと」になった気がするのです。

そうなると、もう【転職】=【どこかに就職する】とうのが出来ない身体になりつつある事に気が付きました。

「とにかく何か自分で稼げる事を初めてみて、足りない分はフードデリバリーで補填すればよくね??」と言う発想です。

今までずっと【独立】=【どこかで何年も修行して開業準備して銀行からたくさんお金を借りて…】みたいな頭で、「自分にはそんなスキルが無い…」とか「独立するのにお金が無い…」とかすぐそう言ったハードル(言い訳)につまづき、何もやらず仕舞いです。

でももっと気楽に考えてみようと思うようになりました。と同時に、「明日死ぬかもしれないからやりたい事はなるべく早く実現したい」という気持ちもあります。でも根底に流れるのは、


「今、楽しいか?」

という発想です。

これさえブレなければ、どうやら僕は人生が充実していると錯覚するようです。(そもそも人生に意味なんて無い)
大変な事には極力チャレンジするように努力するけど、辛い事や嫌いな人からはとにかく関わらずに避けて逃げまくる。これに尽きます。笑

そうなると一番多いであろう【働く時間】が自分以外の誰かの要因で一喜一憂するようだと【楽しくない】のです。

もちろん良い面で言えば、「チームプレイで何かを成し遂げてみんなで喜びを共有する瞬間」や、「一人では絶対に出来ない規模の仕事」など、圧倒的に味わえる達成感が違うと思います。
でも悪い面で言えば「誰かにせい」で嫌な思いをする瞬間がちょっとでもあると、僕はもうたぶんきっと「これだったらフードデリバリーで稼いでる方が良いわ」となってしまいます。

…と予想以上にすごい長くなりましたが、配達が楽しくなったもう要因の大きなひとつがコレ。


そう!これならバイク乗りながら外部の音も聞こえつつ、大好きな音楽を聴き放題!しかも一日中…!!

たぶん今の生活を続けちゃってる理由はたぶんこれですね。最近はグッとくる曲が流れて一緒に熱唱すると、すぐ泣いちゃいます。笑


…と言う事で!
さすがに残りの人生ずっとフードデリバリーやるつもりはありませんが、少なくとも転職して雇われて働く事もなさそうです!

サラッとこれって今までからするとかなり大きな気持ちの変化なんですが、変化なんて案外そんなもんなんですね〜ってお話でした。

2021年9月15日水曜日

マジェスティ125(コマジェ)購入

250ccのフュージョンを買って、商業用ナンバーを取得してデリバリーに使っていましたが、このまま酷使していたらフュージョンが死ぬ!と思い…笑

思い切ってデリバリー用にもう一代バイクを購入する事にしました!

ブログよりも濃い内容でお届けできるので、詳細はYouTubeにて!!

前編はコチラ


とにかく山梨が寒くて寒くて…震える思いで友達のゲストハウスに駆け込みました。笑


後編はコチラ


翌日は家まで帰る道のりなのですが、電気工事の辛い思い出と今のデリバリーやってる思いが入り混じってなんとも感慨深い帰路になりました。笑

とりあえず今はコイツでひと稼ぎしてやろうと思います!!

2021年8月31日火曜日

出前館の夏 2021

前述の通り、電気工事の会社を辞めてその夜からさっそく出前館の配達をしてみました!

電気工事会社の最終出勤日が近づくにつれて、「もう二度とこの現場の詰所に来なくていいのかぁ」と思うと、天にも登る気持ちでした。笑




そもそもなぜ出前館かと言うと、とりあえず次の転職はもう失敗したくないので、8月いっぱいはじっくり転職活動をしようと思いまして、その間無収入になる訳にもいかないと言うシンプルな理由です。

実は大学生の頃バイトでヤマト運輸のメール便配達をやっていて、原付3輪バイクで小田原の街を駆け回ったのが楽しかった記憶があり(今までのバイトで一番良かった)、デリバリーの仕事には何の抵抗もありませんでした。

記念すべき初稼働の日は1件しか配れず、(アプリのシステム上、稼働しているドライバー同士で早押しで注文を取り合う)「これはちょっと全く稼げないな〜」と思っていたのですが、だんだんと慣れてコツを掴みだすと10〜20件と配れるようになってきました。
(※気になる収入は最後に詳しく公開しますよ。笑)

バイクで三島〜沼津の街を駆け回るなかで、いかにも夏らしい景色を発見!

沼津の小高い位置にある住宅街


車ひしめく国道136号線


抜け道でよく通る道の畑


こうゆう景色の発見も案外楽しく、しかも誰かに雇われてる訳ではないので、稼働するも休むも全て自由!
逆に言うと稼働しないと稼げないんで、ズル休みも出来ない。笑

ただしこれを本業にするつもりはなかったので色々と模索しつつ、この間もスーツを着て何社か面接など受けました。

●今までやってきた「接客業の経験」+「DIYなどで興味のあるリフォーム」=【住宅リフォームの営業】かな〜

とか…

●やっぱり大好きな酒を提供できる飲食店を「将来自分でやる開業する為の修業」=【飲食店調理スタッフ】かな〜

とか。

面接や知り合いの話などもいくつか受けてみました。でもどこも何とな〜く引っかかるところがあり、、
それはどれも【それをやっている今が楽しい】と言う想像が出来なかったのです。

…で、結局8月はドップリ出前館でした。笑
(途中バイク故障などトラブルもあり、そのあたりはこちらのYouTubeで!)

と言う事で今年の夏はすっかり配達をしていました。

アパレルの時に「手に職をつけたい」と悩み、職人を目指して挫折したのに【フードデリバリーの配達員】という、誰にでも出来るような仕事に手をつけるなんて、なんとも矛盾しているように聞こえると思いますし、自分でもそう思います。笑

ただ、結論から言うと、なぜか毎日が楽しいです!


収益公開

出前館は配達一件が基本【660円】なのですが、僕の配達地域のブースト報酬で平日は1.2倍で【792円】です。さらに土日祝日は1.4倍で【924円】

これで一日20件配ると…

平日で【15,840円】土日祝日で【18,480円】
これを一週間続けると【10万円以上】は確実に稼げるのです!そうなると、ひと月に一週間休んでも【30万円以上】は稼げる事になります。

さらに業務委託と言う事で、実質自営業扱いになるので、確定申告の際に経費で色々と計上すると税金の面で会社員の時より少なく納めて、おそらくですが手取りが増える事に出来そうです。
そして前述の通り、上司もいなければ部下もいないので、会社の都合で色々と指示を受ける事もシフトで管理される事もない。まさに人間関係ストレスフリーです。笑

配達エリアに慣れてきて、信号に捕まらない抜け道ルート開拓(※コレがせっかちな性に合っていて楽しい!)や、マンション名を把握すると、もはやGoogleマップに頼らずに走れるようになり、そうなるとアプリで注文を取り合う早押しにも勝てるようになり、一日20〜30件ほど配る事が出来る日もありました。
決して毎日そううまくはいかないですが、そうなると【月収40万】も決して無理ではない数字です。

…そんな感じで電気工事士の見習いの時から比べると2倍近く稼げて、もうあの頃(※辛い職人生活で日当7500円)の生活は何だったのか??って言うくらい楽しいののです。笑


そんな日々を過ごす中で【転職】や【働く】という直面している課題に対して、徐々にですが大きな変化を今まさに感じています。

長くなりますのでそのあたりはまた次回!

2021年7月23日金曜日

電気工事士の道を三ヶ月で挫折した話

お久しぶりです

「手に職をつける」という人生の大きな目標に向けて電気工事士を目指して転職しましたが、、

辞めました。

それはそれはもう見事なまでの典型的な挫折でした。
ひと言で言えば、「職人の見習い生活に耐えられなかった」という事です。


・毎朝6時に会社に行って、先輩(会社)の車を自分で運転して一緒に現場に行く(狭い軽バンの助席でタバコを吸われる副流煙地獄)そして帰宅は18時。

・聞いたことの無い部品を取って来い、始めてやる作業で失敗、そして怒られる。特に機嫌悪い時の怒り方が尋常じゃない。(※俗に言う「怒ると叱るは違う」とかそうゆう次元じゃない。笑)

・会社にも現場にも、趣味嗜好が合う人や会話の弾む人が一人もいない。でも一番下っ端なんでとりあえずなんとか会話するしかない。「この先この人達と一生付き合っていくのかぁ…」という途方もない閉塞感。

・会社も現場も男だらけ。休憩室はむさ苦しい汗の匂い。簡易トイレは潔癖症だったら気絶するレベル。
(現場の写真はお見せできないのですが、トイレだけでもお見せしましょう…小はまだマシな方ですが大はとてもお見せできません…)



こんな日々が月〜土まで続いて、休みは日曜日のみ。
せっかくの日曜は疲れてクタクタで何も出来ずにあっという間に一日が過ぎてしまい、夕方くらいから「明日から一週間また始まるのか…」という憂鬱な気持ちになる。

その繰り返しを一か月乗り越えてようやく手にしたお給料は手取りが16〜17万円。…もう冗談抜きで泣き崩れました。


…でも良かった事もあります!
それは、お昼休憩で食べる昼ごはんの美味しさ!!
肉体労働の間に食べるご飯のありがたみは身に染みました。

相変わらず奥さんががんばってくれました。ほんとに感謝です。

つくね弁当


ピリ辛ポテサラ弁当(これが絶品!)


少しですが余裕が出始めて、自分でも料理を再開しました。

ポトフ弁当


唐揚げ弁当


(市販のメンチカツだってこの状況で食うととにかくうまい!)



まぁそんな感じで色々書きましたが、誤解の無いよう言うと、別に僕が特別イジメられたとか、異常な会社に入社したとか、そうゆう事ではまったくありません。(むしろ社長は人格者でした)
建築職場での見習い職人として、当たり前の事を当たり前に経験しただけの事です。

こんなの当たり前に乗り越えて、立派に一人前の職人になる人だってたくさんいます。実際先輩達は高卒や専門卒でこの業界に入り、自分の年齢くらいの手取りはゆうに稼いで家族もマイホームも持っていました。

でもぼくには無理でした。
それでもなかなか「辞めます」と言い出せず、ようやく言い出せたのが勤めて三か月後でした。

なぜ辞める事を言い出せなかったかと言うと、半年間の職業訓練校まで通い、40歳手前で思いきって転職したのに、数ヶ月で辞めるとなると周囲からは「フラフラしてカッコ悪い」と思われるでしょうし、職場の人達からも「いい歳して根性無し」と思われたまま終わるのも恥ずかしいな…という思いがありました。

…が!

今にして思えば職人経験で言えば三日も一週間も三か月も大差ないので早く辞めればよかったです。笑

と、それくらい今は開放感に満ち溢れています。

そして大袈裟ですが今まででおそらく一番辛いと思われる精神状態だったので、それを経て自分の中でひとつ答えが出ました。

それは…

楽しく生きたい

その一点であります。

「将来のために、今は我慢して耐える」
「下積みだから、仕方がない」

よく言われることがだと思います。

でも僕は、「今、この瞬間を楽しく生きたい」という本音に気がつきました。享楽的で刹那的なようですが、これがたどり着いた答えです。


職人を目指す日々で、(個人的に)辛い日々を過ごしているとある変化が起きました。

・笑顔が無くなる(後日、嫁さんから聞きました)
・誰にも会いたくない(友達の楽しい話ですら聞きたくない)
・他の選択肢が見えない(それなりの覚悟を持って転職したので、失敗したら人生終わりみたいな感じ)


実はこの転職失敗と時を同じくして、うまいこと順調に収益化できていたYouTubeが、おそらく自分の選択ミスによって一晩にして収益無効化されたのです。(そしてもうおそらく復活できません)※詳しく知りたい人は個人的にどーぞ。笑

「最悪、転職失敗しても自分にはこれから伸びるYouTubeの収益があるし」くらいに拠り所にしていたので、これはかなり絶望的でした。

それもあって、相当こたえてしまいました。
数日間ですが、夜眠れない日々も続いてしまい、「え、コレってもしかして鬱??」みたいにまで思い、本とかも読み漁りました。

最終的には僕は我慢強くないので耐えきれなくなって仕事辞めまして、それをきっかけにいわゆる人生のキャリアプランとか、もうどーでもよくなってしまいました。

…と、ちょっと長くなってしまったので、今回はこのあたりで終わりますが、最後の出勤日を終えて帰宅した日の開放感を今でも忘れられません。

最後の現場を終えてマンションに帰宅。



電気工事で使っていた腰道具を外して…



いつもなら疲れてこのまま何もできずに一日が終わるのですが、明日から現場に行かなくていいと思うとウキウキしてしまい…笑


辞める事を決意した頃からちゃっかり用意していたフードデリバリー「出前館」の装備に切り替えました!



この経緯と様子はまた後日ブログにあげます!!