2019年1月26日土曜日

小さな巨人 超絶ギタリストの藤岡幹大さん

ちょうど昨年の1月5日に、この世を去ったとんでもないギタリストがいた事。一年後の今になってその喪失感に暮れている自分がいます。

それが藤岡幹大さん



YouTubeで色んな動画を見ればみるほど、その凄さに空いた口が塞がらないのです。
まずはこの曲を聴いてみてください。
 
Harmony X


ギターの音色で涙が出たのは初めての経験でした。
 
でもテクニック的な凄さだけじゃなくて、そのなんとも言えない人柄も相まって…
当然僕は一度もお会いした事もないのですし、何の接点も無いのですが、心にぽっかり穴が空いたようです…

身内以外の死でこんな気持ちになるのは上田現さん以来です。

自分が藤岡幹大さんを知ったのは、恥ずかしながら他界した後で、世の中的に大きく知名度が上がったBABYMETALの神バンドでギタリスト“小神様”としての活動中の時でした。
 


同じく神バンドでベーシストのBOHさんのブログがとても刺さったので、原文をそのまま掲載させてください。
 

『BOHにゃんまた来年』
 
生前の藤岡先生が僕に交わした最後の言葉だ。
 
2017年12月30日、僕は実家がある北海道旭川市に帰省していた。
その日の夜、藤岡先生の奥さんから電話があった。
 
『幹大くんが高い所から落ちちゃって入院しました。意識はあります』
 
藤岡先生は音楽以外にも天気図とか、宇宙が大好きだ。
 
Twitterに写真をアップする以外にも、時々僕らに夜空や月の写真、
高層天気図から独自に解析した天気予報を送ってくれていた。
 
『BOHにゃん、今ここに気圧の谷があんねん』
 
『わかんねーよ(笑)』
 
そんな会話は日常茶飯事だった。
 
でも藤岡先生の天気予報は的中率が高い。
 
また僕へ夜空の写真と共に『今日の夜空。そして明日の天気は...』みたいに送ろうとしていたのだろう。
 
東京へ戻ったら見舞いに行かんとな...
 
2018年1月2日に東京へ戻った。
 
 
すぐに藤岡先生に会いに行こうと思ったが、ご家族以外の面会は出来ない様子。
 
仮BANDのアルバム制作をはじめ、その他のスケジュールもいっぱい詰まっているであろう。各所への連絡を含め、今後の予定を知るために藤岡先生のスケジュール帳を入手する必要がある。
 
 
1月5日
 
『容態が急変してたった今、幹大くんが亡くなりました』
 
奥さんからの電話に僕は動揺を隠せなかった。
 
悪い冗談だと思いたい。これは夢だと思いたい。テッテレー♪って看板を出して欲しい。
 
 
1月6日
 
近しい関係者を集めて緊急会議
その後、藤岡先生に会いに行った。
 
奥さん、娘さん、ご両親に囲まれて笑顔で眠っていた...
 
こんなに冷たい藤岡先生に触るのは初めてだった。
 
 
1月7日
 
お別れの準備をしなくてはならない。
 
 
1月8日、1月9日
 
お通夜 告別式
 
 
僕が初めて藤岡先生に会ったのは約4年前。
 
スタジオの中で譜面を見ながら難しい曲を弾いてた。
その時はこんなに親しくなるとは思っていなかった。
 
身長158cm、長い髪、可愛い見た目...でも声はおっさんだ。
 
 
藤岡先生はタバコが大好き。
 
少しでも時間が空けば、喫煙所へ行く。
自分のタバコが無くなると僕のタバコを勝手に吸う。最後の1本にも手を付ける。
 
『BOHにゃん、あとで返すから』
 
返ってきた事は1度もない。
 
 
酒に弱いくせに酒が好き。
 
身体が小さいのに僕と同じペースでガンガン飲むから、すぐに酔っ払う。
泥酔寸前の藤岡先生を介抱するのがたまらなく面倒だった。
酔うと自分の髪をクシャクシャにしながら僕の頭を延々とペチペチ叩く。
一度7割位の力でどついて黙らせた事があった。
 
 
ギターと音楽が大好き。
 
セッションやサポートの仕事以外にも、長く音楽学校の講師や教本などの執筆もしていた。ギターさえ弾ければどんな仕事も平気で受ける。
 
『わては、仕事は選ばん。他人からどう見られようと、何言われようとギターさえ弾ければええねん』
 
リハの休憩中や本番前もギターを離さない。
食事しながら左手はネックを抑えていることもよくあった。
 
スケジュールが詰まりまくっているのに、雑誌の執筆の仕事も無理やりねじ込む。
頼まれたら断れないのが藤岡幹大。
ツアー中もしばしば原稿を書いていた。
 
でも少し疲れるとビール飲んじゃうから効率が悪い。
 

 
周りの仲間が大好き。
 
『BOHにゃん、一緒に飲みに行こうや!』
そしてなぜかいつも僕が多めに払う事になる。
 
『今度なんかおごるから』
おごってもらった事は1度もない。
 
同じ事をまわりに何度も話す。たいして面白くもない会話を掘り下げようとする。
常に人と話していたいヤツなのだ。
 
『BOHにゃんは毒にも薬にもならん話をよくするなー』
 
言われる筋合いはない。
 
一緒に飯を食べ、一緒に飲みに行き、一緒に買い物し、一緒にトイレ...ガキか(笑)

 
なるべく一人でいたくないのが藤岡幹大。
他人の悪口も絶対に言わない。好かれたがりな一面もちらほら。
 
ただ、ツアー中は誰よりも大きく荷物を広げて散らかすし、物をよく無くすから周囲に迷惑をかける。
どこに置いたかわからなくなった携帯電話やライターを見つけてやるのが僕らの仕事。
 
 
家族が大好き。
 
お父さんとよく釣りに行った事。
お母さんが実家の八百屋で元気に働いている事。
むかし妹が超ヤンキーだった事などを度々話してくれた。
 
藤岡先生から子供時代の話で一番よく聞いたのは
 
『わてな、海行って勝手に牡蠣を取ってその場で腹一杯食べるのが好きやってん』
 
小さな密猟者である。
 
藤岡先生は賑やかな事も大好きで、それを表すかのようにご両親や叔父さんがとにかく明るく、喋りだしたら止まらない。葬儀中も皆んなを爆笑させていた。
 
 
そして何よりも奥さんと娘さんの事が大好き。
 
Twitterにもよく娘さんの写真をアップしていたが、それ以上に僕らに写真をたくさん見せてくれた。
 
LINEのグループで大切な事を話し会っている最中でも、娘さんや奥さんの写真を次々にアップしてくるから、文が読みづらくてたまらない。
 
藤岡先生と会うと1日に2〜3回は必ず
 
『うちの嫁がなー...』
 
『うちの娘がなー...』
 
という会話になる。
 
『先生、もし将来娘さんがミュージシャンの彼氏連れてきたらどうする?』と聞くと
 
『一緒にスタジオに入ってギターバトルや!ほんで譜面の初見対決して勝ったら認める』
 
という事を本気で話していた。勝てるわけがない。
 

藤岡先生とはたくさんの思い出がある。
 
短い間だったけど、それを埋め尽くすくらい濃密な時間を過ごせた。
 
 
僕が藤岡幹大の事を『先生』と呼んでいるのは、単にギターの講師をしていたからではなく、歩く音楽理論書と言っても過言ではないくらいの音楽知識を持っていたからだ。
 
それに、少し迷惑をかけられても『藤岡先生さー...』と切り出せばその後に続く会話は和やかになる。

 
人は時々考える『死』とは何か...
 
僕が思う本当の死は、皆んなに存在を忘れ去られた時だと思う。
 
僕は藤岡先生を死なせたくない。
 
この先も永遠に生き続けて欲しい。
 
いや、生きていてもらわなきゃダメだ!
 
藤岡先生の声、ギターの音色、たくさんの思い出は、僕ら皆んなの心の中に鮮明に記憶されている。
 
それを、これからもっともっと広めて行きたいのだ。
 
つい2週間前くらいに藤岡先生が僕に話した今後やりたがっていた事や、叶えたい目標、音楽への思い...それをしっかりと叶えなければならない。
 
僕ら仲間は藤岡先生の思いを背負ってこれからも音楽をやって行く。
 
これからも一緒にプレイし続ける。
 
 
でも藤岡先生、今は少しだけ休憩してて良いからね。

 
ありがとう。藤岡先生。
 
また一緒に飲もうな(B・o・H)
 
 
遡ると、ベビーメタル以前からすでに音楽学校の講師として、サポートミュージシャンとして、超絶技巧を誇っていた事が分かりました。そういった経験からか、音楽機材の紹介の動画とかも分かり易くて秀逸。アーティスト的な感覚論じゃない感じ。

 Zen Tour
https://www.youtube.com/watch?v=WemFO_W-rvc
https://www.youtube.com/watch?v=bujUTanlMQw
https://www.youtube.com/watch?v=t-1LYYVlmyM

Kemper


このアンプシミレーターはまじでいつか欲しい!!
絶対欲しい…ちなみに名音楽プロデューサー佐久間さんのお墨付き。
 
同じく技巧派ギタリストのHidenoriさんのネット動画生放送でも登場しているのですが、とてもおもしろい話を沢山しています。そして話ながらサラッと弾くギターがまじで上手い…

第1回
https://www.youtube.com/watch?v=1MuTbd3lTpI
https://www.youtube.com/watch?v=nH2Z1zJGh2I
https://www.youtube.com/watch?v=rlPnDY8BQQs
第2回
https://www.youtube.com/watch?v=d_vAfIkF9ks
https://www.youtube.com/watch?v=bC_TsUkCMYA
https://www.youtube.com/watch?v=iyOR8xJGptc
第3回
https://www.youtube.com/watch?v=26v-Bm3yyZk
第4回
https://www.youtube.com/watch?v=tLONtZr9jkI
第5回
https://www.youtube.com/watch?v=68jULghP-1o
第6回
https://www.youtube.com/watch?v=Su173z4qAGc
第7回
https://www.youtube.com/watch?v=OTXlGy68VHw
第8回
https://www.youtube.com/watch?v=m52Jx8Bo1qk

ヒデノリ氏ですら「上手すぎて一緒に弾きたくない」と苦笑いするのもうなずけます。
藤岡氏が亡くなった後の放送では本当に辛い気持ちが伝わってきます…


神様は、時にイタズラをすると言います。
有り余るギターの才能を妬んだのでしょうか。
良い人に限って早く死んでしまう。

不謹慎な言い方かもしれないけれど、こうゆう人って、「ずるいな。」と思います。

なぜならまわりの人から「まだまだ色んな音を聴かせて欲しい!」って求めてる期待を一身に受けたまま、パタリと居なくなっちゃうから、その後嫌いになる事なんてありえないんです。

残された人にとっては、ずっと一番のまま。
永遠にヒーロー。ずるいです。

「自分もそうなりたい」なんて到底思えないほどの圧倒的な魅力。それが劣化する事無いから、永遠にそのまま。

ただ、残されたご家族やご本人の気持ちを思うと、ただただ痛ましいです。

でも、もし出来る事ならその魅力を一人でも多くの人に伝えたい。そう思ってブログに残しました。

小さくて可愛らしい見た目なのに、タバコ吸ってて、ギターがえげつないほどに上手くて、音楽理論に精通してて、しまいには歌まで魅力的という衝撃。

そんな動画を見つけてしまいました。

この時はまさか自分が早くに亡くなるなんて思ってもいないと思いますが、残された人がこの動画を見るのを知っているかのようです。

ばらの花 


思い出のアルバム


反則だな。
藤岡先生、やっぱり「ずるい。」

もう一度ちゃんとギターの練習をしようと思いました。素晴らしい才能を見せてくれてありがとうございました。

追記:こちらのDVD作品を購入すると、その利益が遺されたご家族に寄付されます。僕もたった今買いました。届くのが楽しみです。
https://www.amazon.co.jp/My-Little-God-%E8%97%A4%E5%B2%A1%E5%B9%B9%E5%A4%A7-Mikio-Fujioka/dp/B07CMMY5Z9/ref=pd_lpo_sbs_15_t_0/356-0973266-4140656?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=47BQB9N8XFN29RWVKHHE

2019年1月12日土曜日

夢見話〜たどり着いた島の駅〜

〜たまに驚くほど鮮明な夢を見る事ってないですか?
特に明け方付近。それを文章で記録しておこうというコーナーです〜


僕は駅の構内で追っ手の男に追われていた。
彼の目的は、僕が持っているこのアタッシュケースだ。僕は奪われないようにと必死に逃げた。

行きかう人並みに抗いながら走って逃げるものの、その距離はだんだんと縮まり、いよいよ捕まってしまいそうだ。男の気配をすぐ背後に感じながら、僕はなんとか改札を抜けて駅前に停めていたタクシーに乗り込んだ。

すぐに出発を促し、無事追っ手から逃げた僕は安堵の気持ちで座席に沈み込んだ…


…気がつくと、僕は電車のシートに座っていた。
地下鉄だ。もしここが日本ならば、きっと福岡あたりなんだと思う。

「まずい、家に帰らないと。」

そう思って、スマホの乗り換え案内アプリを使い、帰路を検索した。
到着駅に「小田原」と入力し、所要時間を調べたが、やはりとんでもなく遠くに来てしまったようで、おびただしい回数の乗り換え案内が表示された。画面をスクロールしていっても、なかなか終着駅の小田原が表示されない。

そうこうしているうちに、電車が動き出した。
そしてここからの駅間でまた果てしなく遠くに来ているようだった。車窓からはロープウェイと見紛うばかりの断崖絶壁の景色が広がったりもした。だが同じ車両には女学生や家族連れがいつも通りのに日常といった様子で座っている。

「明日の仕事どうしよう…でもこのままたどり着いた街で、今晩を過ごしてみたい。いや、でもやっぱり帰らなきゃ。朝帰るのでは到底出勤時間に間に合わない。」

さっきまで追っ手に追われていた焦燥感は、いつの間にか自分の日常へと向けられていた。

すると車内がだんだんを砂っぽくなってきた。スマホの画面にも砂がついている。終着駅についたようだ。
そこは駅舎とビーチが一緒になったような場所だった。バックパッカー風情の西洋人もいる。
観光地なのだろうか。南国のような雰囲気だが、決して暑いわけではない。古びたRC造の建物も見える。


ここはどこなのだろうか?


ふと見つけた駅舎の看板には「美海内」と書いてあった。

2019年1月6日日曜日

新春ダラダラ会

明けましておめでとうございます。
年末は色々な事があり、バタバタで更新できずにおりました。

サービス業なので正月も働いていましたが、連勤を終えてようやく訪れた休みに伊豆にKSN氏が遊びに来てくれました。

買ってきてくれた台湾出張帰りの土産をつまみに飲みます。



KSN氏はワールドミュージックに造詣が深く、「これは“タイの久保田利伸”、これは“イランの安室奈美恵”」などと言って曲をかけてくれるので実に愉快です。

その後も海外移住の話や学生時代の友達の話やなんやかんやでとりとめもなく話をし、就寝。


…翌朝。
すっかりとおじさん化した私達。
そしてここから至極のダラダラタイム。YouTubeで格闘技やらサッカーやらの名シーンを流し、起きる訳でも寝る訳でもなく、ひたすらダラダラするという究極の時間の使い方。笑



そうそう、KSN氏が今回持ってきたおもしろいガジェットを2店ご紹介します。

その①
BOSEのポータブルBluetoothスピーカー



これは凄かった!
ポータブルとは思えないほどしっかりとした重低音。
部屋の隅の床に置くと、壁が共鳴して室内がちょっとしたクラブみたいな音響になります。値段もいいが音もいい!

冷やかしで入った御殿場アウトレットのBOSEで実演されて、まんまと買ってしまったそうです。笑
でもこれは良かった。オラも欲しい。


その②
フランス発のボードゲーム Quarto



これもシンプルですがおもしろかった!
どこかで知育玩具として紹介されてるのを見ましたが、大人でも十分楽しめます。
対戦成績は3戦して、2勝1敗でオラが一歩リード。
この後に行く風呂代と飯代を賭けて勝負しましたが、次回はもっとハンパじゃない額を賭けて勝負してみたいと思っています。笑


そして修善寺の温泉街に繰り出し、お風呂へ。

○久旅館


日帰り風呂でしたが、ゆっくりと泊まってみたくなるような旅館でした。



簡素だが清潔感あるお風呂です。

いつもはお互い比較的ネガティブな話が多いのですが、今回のKSN氏は非常に前向きでした。
40歳になった時に、どうなっていたいのか。
自分が今後何を出来るのか。やる気と自信がみなぎっていました。

僕はいつも「もうダメだ〜。先が見えね〜。」みたいな事ばっかりなのですが、それじゃいかんですね。
いつだかのHRKW氏もそうでしたが、少しばかり傷の舐め合いを期待していた僕に、とてもいい刺激になりました。

そんなKSN氏は父親の高級車で帰宅。
またゆっくり呑みましょう。




そしてわたしの今年の目標はズバリ「変化」!
これに尽きます。

今年もよろしくお願いします。


そう言えばKSN氏が帰宅後もタラタラと夕方からビールを飲み続け、10リットルの樽生ビールを1日で空けるという自己ベストを新年早々樹立しました事を報告いたします。笑