2021年7月23日金曜日

電気工事士の道を三ヶ月で挫折した話

お久しぶりです

「手に職をつける」という人生の大きな目標に向けて電気工事士を目指して転職しましたが、、

辞めました。

それはそれはもう見事なまでの典型的な挫折でした。
ひと言で言えば、「職人の見習い生活に耐えられなかった」という事です。


・毎朝6時に会社に行って、先輩(会社)の車を自分で運転して一緒に現場に行く(狭い軽バンの助席でタバコを吸われる副流煙地獄)そして帰宅は18時。

・聞いたことの無い部品を取って来い、始めてやる作業で失敗、そして怒られる。特に機嫌悪い時の怒り方が尋常じゃない。(※俗に言う「怒ると叱るは違う」とかそうゆう次元じゃない。笑)

・会社にも現場にも、趣味嗜好が合う人や会話の弾む人が一人もいない。でも一番下っ端なんでとりあえずなんとか会話するしかない。「この先この人達と一生付き合っていくのかぁ…」という途方もない閉塞感。

・会社も現場も男だらけ。休憩室はむさ苦しい汗の匂い。簡易トイレは潔癖症だったら気絶するレベル。
(現場の写真はお見せできないのですが、トイレだけでもお見せしましょう…小はまだマシな方ですが大はとてもお見せできません…)



こんな日々が月〜土まで続いて、休みは日曜日のみ。
せっかくの日曜は疲れてクタクタで何も出来ずにあっという間に一日が過ぎてしまい、夕方くらいから「明日から一週間また始まるのか…」という憂鬱な気持ちになる。

その繰り返しを一か月乗り越えてようやく手にしたお給料は手取りが16〜17万円。…もう冗談抜きで泣き崩れました。


…でも良かった事もあります!
それは、お昼休憩で食べる昼ごはんの美味しさ!!
肉体労働の間に食べるご飯のありがたみは身に染みました。

相変わらず奥さんががんばってくれました。ほんとに感謝です。

つくね弁当


ピリ辛ポテサラ弁当(これが絶品!)


少しですが余裕が出始めて、自分でも料理を再開しました。

ポトフ弁当


唐揚げ弁当


(市販のメンチカツだってこの状況で食うととにかくうまい!)



まぁそんな感じで色々書きましたが、誤解の無いよう言うと、別に僕が特別イジメられたとか、異常な会社に入社したとか、そうゆう事ではまったくありません。(むしろ社長は人格者でした)
建築職場での見習い職人として、当たり前の事を当たり前に経験しただけの事です。

こんなの当たり前に乗り越えて、立派に一人前の職人になる人だってたくさんいます。実際先輩達は高卒や専門卒でこの業界に入り、自分の年齢くらいの手取りはゆうに稼いで家族もマイホームも持っていました。

でもぼくには無理でした。
それでもなかなか「辞めます」と言い出せず、ようやく言い出せたのが勤めて三か月後でした。

なぜ辞める事を言い出せなかったかと言うと、半年間の職業訓練校まで通い、40歳手前で思いきって転職したのに、数ヶ月で辞めるとなると周囲からは「フラフラしてカッコ悪い」と思われるでしょうし、職場の人達からも「いい歳して根性無し」と思われたまま終わるのも恥ずかしいな…という思いがありました。

…が!

今にして思えば職人経験で言えば三日も一週間も三か月も大差ないので早く辞めればよかったです。笑

と、それくらい今は開放感に満ち溢れています。

そして大袈裟ですが今まででおそらく一番辛いと思われる精神状態だったので、それを経て自分の中でひとつ答えが出ました。

それは…

楽しく生きたい

その一点であります。

「将来のために、今は我慢して耐える」
「下積みだから、仕方がない」

よく言われることがだと思います。

でも僕は、「今、この瞬間を楽しく生きたい」という本音に気がつきました。享楽的で刹那的なようですが、これがたどり着いた答えです。


職人を目指す日々で、(個人的に)辛い日々を過ごしているとある変化が起きました。

・笑顔が無くなる(後日、嫁さんから聞きました)
・誰にも会いたくない(友達の楽しい話ですら聞きたくない)
・他の選択肢が見えない(それなりの覚悟を持って転職したので、失敗したら人生終わりみたいな感じ)


実はこの転職失敗と時を同じくして、うまいこと順調に収益化できていたYouTubeが、おそらく自分の選択ミスによって一晩にして収益無効化されたのです。(そしてもうおそらく復活できません)※詳しく知りたい人は個人的にどーぞ。笑

「最悪、転職失敗しても自分にはこれから伸びるYouTubeの収益があるし」くらいに拠り所にしていたので、これはかなり絶望的でした。

それもあって、相当こたえてしまいました。
数日間ですが、夜眠れない日々も続いてしまい、「え、コレってもしかして鬱??」みたいにまで思い、本とかも読み漁りました。

最終的には僕は我慢強くないので耐えきれなくなって仕事辞めまして、それをきっかけにいわゆる人生のキャリアプランとか、もうどーでもよくなってしまいました。

…と、ちょっと長くなってしまったので、今回はこのあたりで終わりますが、最後の出勤日を終えて帰宅した日の開放感を今でも忘れられません。

最後の現場を終えてマンションに帰宅。



電気工事で使っていた腰道具を外して…



いつもなら疲れてこのまま何もできずに一日が終わるのですが、明日から現場に行かなくていいと思うとウキウキしてしまい…笑


辞める事を決意した頃からちゃっかり用意していたフードデリバリー「出前館」の装備に切り替えました!



この経緯と様子はまた後日ブログにあげます!!



2021年4月23日金曜日

30代後半で未経験から職人を目指すという事

先述の通り、電気工事士を目指して転職してから3日が経ちました。結論から言うと…

正直ツラいです。
まだ三日目だけど、こんなにツラいと思わなかった。


理由①「人間関係」
今までアパレル販売というサービス業に勤めていたので当たり前過ぎた事だったのですが、基本的にスタッフや関係者のほとんどが“フレンドリー”な人柄の訳です。
ところが一転、建築職人の世界に飛び込んでみるとその真逆と言っていいかもしれません。“愛想良く”なんて無縁の世界。むしろそういった気遣いをしたくない人達が選ぶ職業かもしれません。まずはこのギャップに苦しむ事になりそうです…


理由②「実力と経験が全て」
そう、つまるところ職人とは“何をどれくらい出来るか?”に尽きるのです。そしてそれはセミナーに行っても、本を読んで勉強しても身に付きません。どれだけ身体と手を動かしたか?それでしか身につかないのです。
職業訓練校で電気工事の授業を受けて周りから「電気屋さん向いてるんじゃない?」なんて言われ、その気になってしまった僕ですが、授業で習った事と現場ではまるでレベルが違すぎてとても比になりません…


理由③「居場所がない」
①と②をもってして、先輩社員と付いて現場に行っても、僕にはまるで存在価値が無いのです。そりゃそうだ、何も出来ないのだから。しかも今までのようなノリの人付き合いも出来ず、まわりを見渡せば付き合った事のないようなタイプの人達が現場中にひしめいています。まだ若ければ見習いの子で済むのですが、これが無駄に歳を重ねた40歳手前、白髪混じりのおっさんだから始末が悪い…
とにかく仕事さえ出来れば話は別なんですが、今はほんとに何も出来ないので、荷物運びや清掃など、出来る事を探すしかありません。でもやれる事が無くて、ただただ突っ立ってしまう事も多いです。そんな中忙しなく動いていく現場で、先輩社員と協力業者のやりとりを見ていると、自分は存在があって無いような透明人間状態です。


そして今まではおれがお弁当を作っていましたが、5〜6時に起きて夕方まで仕事して疲れて帰宅し、クタクタでもう何も出来ません。それを見かねてか、家事の中でもあまり好きじゃない料理で夜遅くにがんばってお弁当を作ってくれる奥さん…

その弁当を、記念すべき現場初日は、仮設建物の休憩所で食べました。



今日は、会社の車の中で食べました。



晴れ渡る空の下…
快晴の天気とは裏腹に、その優しさと自分への強烈な不甲斐なさで涙が出そうでした。

でもこの状態を選んだのは他でもない自分です。

“手に職をつけたい”

ツラい時こそ、原点の気持ちを思い出して、まずは「第二種電気工事士」の資格獲得と、最低でも勤続一年を目標にやっていきたいと思います。

(※仕事の休みは日曜のみです。でも確実にクタクタで一日死んでます。誰かと楽しく連絡を取ったり遊んだり、YouTubeを更新したり…今はとてもそんな気分になれそうにありません。SNSなど見たくもない。
それもこれも、全ては今まで怠けて来た分と思っています。もしかしたら心情を吐露出来るブログだけは更新が頻繁になるかもです。胸糞悪い内容ですが、暖かい目で見守ってもらえれば幸いです。)

2021年4月20日火曜日

ボーカルオーディションで渋谷へ

ちょうど先月の話です。

僕はたしかインスタの広告で出てきた「社会人でもミュージシャンを目指す」みたいなオーディションを見つけて、一次審査のアカペラ歌唱力テストにLINEで応募しました。

すると数日後…なんと合格との事。(以後全てLINEでやりとり)
はっきり言って僕は歌が上手くないのでどうしたもんか?とも思いましたが、正直かなり嬉しかったです。

そして二次審査は面談。このご時勢なのでリモート面談も選択出来たのですが、たまには都会に行ってみようと思い、渋谷のオフィスへ。



ハイ、とりあえずの一本を呑んでます。笑

田舎のローカル線と東海道線を乗り継ぎ、約2時間…渋谷に到着。相変わらずすごい人の量ですね。



そしてだいぶ早く着いたので、オーディション会場のまわりの散策します。何年かぶりの東京ですが、コロナ禍ということで飲食店はかなり色々対策してる感じでした。

時短営業という言う事で「昼飲み大歓迎!アルコール全品半額!」というイタリアン居酒屋みたいのを発見し、飛び込みました。



オーディション前だというのに、完全なる一人飲み会が始まってしまいました。笑
だってビール半額ですからね!しかも喫煙所まであるというかなりレアなお店(※この後、お店選びで大苦戦しました)

そしていざ面談へ。



(別に悪く言うつもりはないので名指しは避けますが、コチラです。笑)

担当ディレクターと名乗る若い男性とブースで面談が始まります。自分の音楽遍歴や、職歴、志望動機や音楽に対する想いなどなど…前半は質問に答える感じで話をしていきます。

そして後半からはこのオーディションの意図や企業理念など、逆に先方の話を聞いていく感じです。

結論から言うと「音楽活動を始めたい人をサポートする」のが目的との事。つまりオーディション自体が、その人がミュージシャンになったあかつきに発生する収益が目的では無く、ミュージシャンを始める為にサポートをするプロジェクト自体が収益なので、その人が売れようが売れまいが問題では無い、と言う事なのです。


そしてそのプロジェクト費用…





77万円!!





具体的には…

・オリジナル楽曲の制作
・ボイストレーニング
・カラオケ配信
・プロフィール写真撮り
・専用のライブハウスで出演

とか、そのあたりにかかる費用です。

ここから、僕の疑問をぶつけてみました。

「オリジナル楽曲の提供を受けるのではなく、自分で作った曲をアレンジしてもらう事はできますか?」
→基本的に出来ません。せっかくなのでプロに作ってもらった方が良いと思いますよ。

「分かりました。ではオリジナル楽曲を生バンドでレコーディングする事は出来ますか?」
→出来ません。打ち込みで作成したトラックを聞きながら歌ってもらいます。でも最近の打ち込みはもう生バンドと変わらないようなクオリティーですよ。


…とまぁ、このあたりでもう僕の気持ちはほぼ固まりました。笑

ボイトレやオリジナル楽曲の制作費とかはココナラとかで調べればだいたい分かりますし、プロモーション費用がまったく入っていません。完成した誰も知らないオリジナル曲を、一体自分以外の誰がカラオケで歌うのでしょうか?言ってみれば「ミュージシャン擬似体験」費用みたいなものです。

その後もプロジェクト内容の話を熱弁されて、最後に「一次審査の歌唱力テストを聞いたプロがアドバイスします」と言う事でビデオメッセージが流れます。僕の場合は元ビートクルセイダーズのヒダカトオルさんでした。
ここが「プロが直接アドバイスをくれた!」というので、改めてミュージシャンになりたい想いがくすぐられる場面なのではと思います。



…でもよく考えてみるとこれ、オーディションじゃないんです。

「最終オーディションに合格しました!」
「夢を実現する為に77万円払いますか?もちろん分割払いもできます。」

と言う流れです。笑

もうお分かりいただけたとは思いますが、収益の構造がプロジェクト費用そのものなので、応募者に音楽の才能を感じるかどうかではなく、77万円を払えそうかどうか、オリジナル楽曲の制作がスムーズに進みそうかが選考のポイントでしょう。
ただあくまでオーディションという名目で「数ある応募者の中からあなたが合格しました!」と言われれば必然的に嬉しくなってしまうものだと思います。ましてや社会人になってもなおミュージシャンを諦められないような人達をターゲットにしていますから…

ただ、僕は決してこのプロジェクト自体を非難している訳ではありません。なのでこの辺りにしておきます。何かやるのにお金がかかる事は当たり前の事ですからね。


…と言う事で、なんとも言えない気持ちを胸に抱えてへーチンさんと合流。



飲み屋を探して渋谷を歩き回るのですが、コロナの給付金もらって閉めているお店が多い中で、逆に営業しているお店は時短営業という事で人が集中しちゃってどこも満席満席、もしくは予約してないと入れない。

まったくどうなってるんでしょうか。この国や自治体の中途半端な政策は。笑

ほんとに何軒も断られ、ようやく最後の最後で一軒の居酒屋に滑り込みました。



もう料理の味なんてどうでもいいです。笑
酒が飲めてタバコが吸える場所は、たぶん渋谷ではこの一軒だけでした。笑

なーんて思ってたら、料理もちゃっかり美味い。
良い店見つけちゃいました。



ちなみにへーちんさんもおれも無職。

失業保険もらって転職活度中という事でお互いに積もる話がたくさんありました。早い話、とにかく「拗らせてる」っていう話です。笑

帰りの電車で、色々と思い返してモヤモヤしてきた僕は「最終オーディションを辞退します」とLINEで連絡をいれました。

その時にちょうど乗り換えた駅が国府津。



大学の時、どうしようもなく悲しい気持ちになったまま帰宅した時に、そのまま家に帰りたくなくて途中下車して、真っ暗な夜の海を見に行ったのも国府津だったなぁ。

そう、悲しみはいつも国府津。



(あとがき)

そこから一か月後の今現在。
遂に失業保険も終了し、明日からまた普通に働く日々が始まります。電気工事会社です。

この半年間で一番力を入れたYouTubeも自分の判断ミスから諸々と致命的な結果になり、またこれまた自分の行いでマンション住まいにもかなりの暗雲が立ち込め、もう色々な事がどうにもならない状況で、ここ数年で一番気が滅入ってしまっています。

でもこんな状況もいつか振り返って笑えるよう、あえて記述します。

2021年3月28日日曜日

今後のYouTube活動について

職業訓練校にいる間に作成しまくった動画を一挙に上げましたが、もうこのブログを見ている友達は今更かと思います。笑

だがしかし、ここでみなさんにお願いしたい事がひとつ!!!!

もし友達との会話でもし僕の話題がちょっとでも出たら「あいつ今マサオニオンって名前でYouTubeやってるらしいよ」って宣伝してもらいたいのです。笑









実はこないだ、用事があって奥さんと実家帰った時の事。奥さんがそこに居合わせた兄と両親にYouTubeチャンネルの存在をゲロってしまったのです。

さすがに親兄弟には恥ずかしくて見られたくなかったのですが、、、、もうこうなってしまった以上はとことん広めてやろうと吹っ切れました。笑
まずは身近なところから親族、そして友人も皆さまの力を借りてどんどん広めてもらいたいです。

ゆくゆくは「伊豆のYouTuber=マサオニオン」という高みまで登りつめてやろうと思っています!

…と同時に、気が付いたのですが、今までブログでやってきた事が完全にYouTubeに移行しています。実際、写真と文字よりも、動画の方が情報量や臨場感と言った意味で単純におもしろいと思います。
そうなるとこのブログではYouTubeにあげれない事をあげていきます。さっそく一件ありますので、ブログの方はボチボチ更新していきます。

まずはチャンネル登録、そして動画に対するコメントとかもどんどんください!

まずはYouTubeである程度の認知度を築き上げて、必ずや最後には自分で作曲した曲を世の中に出してやろうと思っています。

皆さまのお力添えを、何卒よろしくお願いします!

(今はまだエセ)YouTuber マサオニオン