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2017年4月4日火曜日

2011年 27歳 暗黒の一年 ~人生初の愛憎劇~

※初めに言っておきますと「暗黒の一年」っていうとなんかものすごいようですが、
はっきり言ってたいしたことないです。笑
ただ当時そんな心境だったことは確かです。


それでは本題へ…


年末の揉めたものの、僕は彼女のS子をうまくやっているつもりでした。
部屋の模様替えなんかもして、すっかり伊豆の生活を楽しんでいました。

楽器部屋も…

生活部屋も…
 
春の訪れとともに、桜デートなんかしてうつつ抜かしています。

河津名物「河津桜」

伊豆高原「さくらの里」

手作り弁当なんて持参しちゃってね~



…と、ちょうどこの後くらいからです。
S子の様子がおかしくなってきたのです。

なんとなくちょっと冷たい。なにかと不満を口にすることが多くなった。
以前と違い、僕と休みの予定を合わそうとしない。

こういったことが重なり、また徐々とエスカレートしていくにあたり、ぼくは辛くて一人で海なんて見に行きました。笑


そしてついに人生初の禁断の行為をしてしますのです。季節はたしかちょうど梅雨の終わりくらいでした。


そう、お風呂入ってる間に、携帯を見る。笑


そして文字通り、頭が真っ白になりました。
はっきりとは覚えていないけど、こんなメールでした。※当時まだLINEとか無いです。


僕と予定を合わせなかったとある夜に…

浮気相手M「今どこ?」
S子「もうすぐ着くよ。」


そしてその後がこちら。

浮気相手M「朝ごはんありがとう。幸せだったよ。」


はい、終了。笑

風呂上がりの彼女にいきなり「はい、さようなら~」っと言って、荷物をまとめて今すぐ家から出ていくよう言いました。

「は??何?何?意味わかんないんだけど。」と困惑するS子に、僕は言いました。

「じゃあ浮気相手Mって誰?」

すると事情を察したS子は急に態度を変え、薄ら笑いで出て行きました。
そして、最後に捨てゼリフのように吐き捨てたのです。


「自分だって女友達たくさんいるじゃん!!」


そう、S子はとっくの昔にぼくの携帯見ていたのです。笑

でもなぜかこの一言が、僕にはとても重くのしかかりました。

さらに年末の出来事をずっと許すことができないし、それのせいだとも言われました。
そしてなぜかこう思いました。「悪かったのは自分なのだ」と。




そうして、ここから人生初の愛憎劇が始まるのです。

あなたのまわりにもいませんか??
とっとと別れりゃいいのに、なぜか別れない二人。まさにあれです。笑

でも渦中の人間にしかわからない気持ちがあるんです。どこかで耳にしました。

人間の気持ちで一番強いのが「愛する」と「憎む」だそうです。

つまりそのふたつがゴッチャになっちゃって訳の分からない感情になっていろんなことをしてしまうのが、まさに愛憎劇なのです。

まずダメなのが、とりあえず、お互い携帯を見る。笑
良いことないんですよ、見たって。もめるだけですから。
…でもなぜだか、別れられないんです。

町の教会にこんな張り紙を見つけたけど、当時の僕ではだめでした。


夏にKSN氏が遊びに来て海行
った時も、なんとか彼女に復讐したくて、その一心で女の子に声かけました。もう本当に誰でもよかった。
 
でもそーゆーときは何やってもダメなんです。


もしかしたらS子は僕の貯金通帳すら見ていたかもしれません。
お金が無さ過ぎて将来が不安とも言われました。

そりゃそうだ。ただでさえお金ないのに、ローン組んじゃったし。

そんな感じで「自分は一体何をしに伊豆に来たんだろう?」って思って、また一人で海に行きました。

別れたい。でもなぜか別れられない。

もう一度音楽機材揃えて、宅録再開しようと思い秋葉原まで行くも、お金無くて全然買えない。
  
そんな調子で秋が過ぎ、冬を迎えても、気持ちは変わらずずっと暗いまま。本当にこの時間が長く長く感じました。

別れたい。でも他に好きな人ができる感じがしない。
←そんなわけないけど、当時は愛憎劇の最中でそれが分からない。笑




そんな調子で年を越して少し経った頃、ふと救世主のような人が現れたのです。

それが、中学の同級生だったけど、当時あまり喋ったこともないC木K子さん。
mixiで「久しぶり。マサオニオン君って今なにしてるの?」みたいな連絡くれたのです。

S子に内緒で二人で会いました。

するとK子さんの職業はアパレルだし、しかも彼氏に浮気されて別れたばかりだったのです!
僕はその瞬間、K子さんが好きになっていました。笑


そして帰宅すると、S子にこう言われました。

「携帯見せて」

「嫌だよ」

僕はそう言うと、S子はそのまま出て行きました。それが別れの瞬間です。
そしてその後分かったことがあります。


愛憎の「愛する気持ち」が無くなれば、「憎む気持ち」も消えました。

それはそれは、もうビックリするほどきれいサッパリと。



そして僕はアメブロの「Life Izu Acoustic」を削除し、2012年の4月からこのブログで再開するのです。削除の理由は、単にS子との思い出が詰まったブログを続けるのが嫌だったからです。
今にして思えば、当時のそのままの思い出としてとっておけばいいのに、本当くだらないに理由で削除してしまいました。笑


その後、K子さんとはお付き合いすることになりませんでしたが、辛い時期を終えるきっかけをくれた事に感謝しています。ここでの感謝はK子さんの事も入っています。

そして愛憎劇を繰り広げたS子にも感謝しています。
幼い恋愛体験を卒業することができたからです。いわゆる学生的な「恋愛」の最後の人だったと思います。
もう人の携帯を見たいとは思いません。笑
その後彼女は僕と別れてほどなくして別の人と結婚し、子供が生まれたのですが、その時心から「お幸せに」と思いました。


そして、一連の愛憎劇のきっかけとなった年末の出来事


このとき連れてきた会社の子こそが、今の彼女であり、婚約者です。(右)



ちょうどその時の写真です。
これがきっかけでS子との関係が悪化し、浮気が発覚し、色々と辛かった時期には「なんであの時会社の女の子を連れて行ってしまったんだろう」と自分の行動をとても後悔しました。

でも、今にして思うとS子と別れてお互い本当によかったと思います。
自分で言うのもなんですが、本当に素晴らしい人に、あの時すでに出会っていたのです。

なんかそう思うと、人生何があるかなんて、本当分からないもんですよね。



…そしてもうひとつ、お金の問題。

S子と別れたこの頃、アパレルの安い給料に車のローンなどもあり、一人暮らしの生活が厳しくなっていました。実際22時半~24時まで、パチンコ屋さんの掃除のアルバイトなんかもしていました。


そんな僕を見かねた親が、特別に融資してくれたのです。その額なんと200万円。
「4兄弟の兄達にも、結婚するタイミングで渡してきた。正雄には先に渡すから大事に使いなさい。」と言って振り込んでくれました。

僕はいつまでも自立できない自分が情けなくて、また、いつまでも子を想う親の優しさを感じて涙が出ました。
本当に助かりました。感謝の気持ちを綴り、初めて両親に手紙を送りました。

ところが、その後はこのブログをみていただければ分かる通り…


見事に使い果たしました。


すぐに車のローンの残金をまとめて返して、100万ちょっと残ったはずのお金が、ドラム買ったりなんだりですっかり散財し、30歳になる頃にはすでに底を尽きてしまいました。
その間に店長になったりしてお給料も少しずつ上がり、その後はなんとか生活できていますが、本来であれば結婚資金など、大事な時までにとっておくべきお金でした。


とてもお恥ずかしい話ですが、これは告白しておく必要があると思ったのです。
(笑)ってつけたいけど、笑えないと思います。


でも、伊豆に越してから今までの色んな事を整理して告白する事で、なんとなく清算できた気がします。笑


これからまた新たな気持ちでよろしくお願い致します。


2017年 春 マサオニオン

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